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     その歌声は雲間から照らす、ひかり。
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2012/04/01 (Sun)


那月君の新曲の為に
あれでもないこれでもないと、ピアノの鍵盤をなぞりながら
音符を譜面に書き加えていく。

書いては消して、少し加えて、また消して。

そして、那月君の声で脳内再生。
ゆっくりと、けれど確実に進んでいるのを改めて確認して
少しだけ休憩をとろうかな、なんて時計を見る為に背後に目をやった。

すると、いつからそこにいたのか、那月君がそこにはいて
ぼーっと壁にかけてあったカレンダーに目を遣っていた。


「―――――…エイプリルフール、か。」


まるで、地をなぞるような低音に、
そこにいるのが那月君ではなく砂月君であることに気付いた。
最近の那月君は、精神も安定していて
以前のように必要に迫られて砂月君が出てきているようではないようだった。
ただ、統合するでもなく、その1つの精神の中に2人が共存していて
最初こそ、負担にならないのかと心配になったけれど
それを2人はうまく入れ替わって、やり過ごしているみたい。


(あぁ、そうだ。砂月君の意見も聞いてみたいな。)


那月君に歌ってもらう歌なら、だれよりも的確なアドバイスがもらえるだろう。
そう思って、立ち上がって譜面に視線をおくると、
不意にふわりと、後ろに引っ張られて椅子に逆戻りしてしまった。


「!?」


突然のことに動揺して、背後を見ようとしたら
ぎゅうと、背後にあたたかい体温を感じた。


(えっ、あれっ?砂月君に、抱きしめられ…!?)


那月君に抱きしめられることは日常茶飯事でも、
砂月君にこういった抱擁をされるのは、はじめてだった。
以前脅されるように、押し倒されたことはあったけれど
今となってはあれが、砂月君なりの自己防衛なんだとわかる。

私の胸の下にまわされた砂月君の左腕が
背後にいる砂月君と自分の身体の隙間を無くしてしまう。
密着した身体は、互いの体温や心音をお互いに伝えてしまっていて
ものすごく恥ずかしくなってくる。
どうしていいのかわからず、ただただ身体を硬直させていると
生ぬるい吐息と共に

「春歌……アイシテル」

の、言葉が耳にねじ込まれた。


(ふぇっ!?!!!!?!???!!!?)


自分の顔はきっと、真っ赤になっているんだろう。
目も緩んで、じわりと涙の膜が浮かんでいるのが分かった。
今までに砂月君から聞いたことのない言葉を
甘くささやかれて混乱を極めた時、
動揺しすぎて1回転してしまった思考が妙に冷静になって
先程の砂月君の言葉を思い出した。


(はっ、これは!エイプリルフール!!!)


今日は、4月1日。
俗に言う、嘘をついてもいい日だ。
つまりこれは、砂月君なりの嘘に違いない。

そう思って少しだけ悲しくなったけれど、その感情にそっと蓋をする。
けして強くない拘束をしている左腕とは反対に、
右手が前にまわって頬に優しく触れてきた。


「――――好きだ。」


ただ、ぽつりと。

つぶやかれた言葉がまるで自分に再確認しているような響きがあって。
先程とは違う感情が涙と共にこみあげてくる。

まるで、この日に乗じて本音を吐露しているかのような。
自惚れでなければ、そんな響きがあって。

今日に限ってそんな言葉を言うからには、
やはりこの言葉は嘘のつもりなのだろうけど、
その真意を裏切るかのように、
まるで愛しいものに触れるような手の動きをする彼の手に、手を重ねた。




「わ、わたし、は、砂月君のことが大切、じゃないです!
ものすごく、大好き、じゃないです!」



今まで。
砂月君が私に愛をささやいたことがないように、
私も砂月君に好きだとも、嫌いだとも言ったことがなかった。
だからこれは、この日を借りた私からの初めての意思表示。

力強く言うと、背後からの拘束が弱くなった。
その機を逃さずに、私は腕で出来ていた檻から逃れて、砂月君に向き直った。



「さ、さっきみたいに、ぎゅっとしてほしいなんて、思ってないんですからっ!」



そう言って、吃驚している砂月君に強引に抱きつくと
一拍分置いて頭の上からため息が聞こえて、
背中に砂月君の腕がまわった。







「すき、きらい。うそ、好き。」

お題は「ロストガーデン」様よりいただきました。






「嘘をついていい日」を借りてしか本音をささやけない砂月と
「嘘」を借りて本音を伝える春歌。


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