レディがずっと、オレのために頑張っているのは知っていた。
けれど、手を差し伸べるつもりはなかった。
彼女が自分の気に入った曲を作れれば歌ってもいいし、
彼女が自分のこのスタンスを気に入らなければ
少々残念ではあるけれど、パートナーの変更を申し出てもいいと思っていた。
思っていた、はず、だ。
(この衝動が何か、オレにも分らない。)
彼女が一人きりで作業をしていたレコーディングルームに顔をだし、
「来てくださったのですか!?」と、喜色を浮かべた彼女が
譜面を手に持って近づいてきたそのタイミングで
彼女の腕をつかみ頬にキス。
驚いた彼女が譜面から手を放し、紙が宙を舞う軽い音が耳についた。
動揺した彼女が、あわててそれらを拾おうとして身を屈めたところで
優しく肩を押せば、いとも簡単にバランスを崩すことができる。
ぺたりと座り込んでしまった彼女にあわせて、ゆっくりとひざを折った。
「!?」
何をされるかわからないからか、瞬きを繰り返す。
慌ててこちらを見たが、互いの顔の距離の近さに驚いたのか
ただ顔を真っ赤にさせて耐えるようにうつむいてしまった。
身長差から、彼女がうつむいてしまうと前髪でその瞳をうかがうことはできない。
羞恥に耐えるよう唇をかみしめているので、下唇が若干色をなくしている。
今まで相手にしてこなかったタイプの反応が
少し新鮮で、喉の奥で静かに笑う。
(なんで、こんなことをしているんだろうね、オレは。)
静かに、首元のリボンを外し、ブラウスの小さなボタンを外す。
するり、と。
はだけた制服の隙間に手を差し込むと、
「んっ!」
ただ、その感触に耐える為だけの、くぐもった声が聞こえた。
ふ、と。
昨日の夜、ルームメイトに言われた言葉を思い出す。
クラスも違う聖川とこのレディがどのようなつながりを持ち、
どのようなやり取りをしているかなど、知らないし、興味がない。
この少女を案じるあいつの瞳は、まるで凛とした青い炎のようだった。
今までお前が相手をしてきた女性とは違う、と。
こんなところで彼女をつぶしたら俺が許さない、と。
(そんなこと、お前に言われなくてもわかっている。)
奥歯をぎり、と噛みしめて
衝動的に、その白い首筋に唇を寄せた。
びくりと、大きく震えた彼女の反応を見て、強くその薄い肌を吸う。
まるで吸血鬼のようだ、と思いひどく倒錯的な気持ちになる。
「っ、」
痛みの為か、こぼした彼女の吐息を愛おしく思う。
(この感情が何か、オレには――)
首筋に残った赤い跡に支配欲が満たされて、昨夜からの苛立ちがおさまる。
漏れた吐息により薄く開かれたレディの唇は、
噛みしめられていた為急速に血が巡り、
熟れた果実のように真っ赤に染まった。
「赤く染まる」
ついったで、きりか様に(無理矢理)リクをいただきました…!
「プリンスがSで春ちゃんをいじめるプリ春か、プリンスが嫉妬しちゃうプリ春」
……S設定が途中で迷子になりました…。なんてことだ……orz
リク本当にありがとうございました!
”甘い、甘い。
とろけるような、誘惑。”
そんな、キャッチフレーズがついたポスターを見遣る。
バレンタインに向けて発売されるチョコレートの告知用のものだ。
チョコレート嫌いな自分が
イメージキャラクターに選ばれるなんて思ってもいなかったが、
先方にしてみたら、いちモデルの得手不得手など然したる問題ではないらしい。
オファーが来た以上「個」を消し、求められた、
それ以上のものを表現できる自信はある。
そして、その結果が目の前のポスター、だ。
まだ世の中に出回っていないから人々の反応はわからないが、
自分でも満足のいくものになったと思う。
企業側の商品イメージを損なうことなく、自分の売りである色気をにじませて。
だから、
今心配なのは、この「仕事内容」そのものじゃない。
仕事を受けたことによって起こる「事態」についてだ。
再び商品とポスターに目を遣り、ため息を吐いた。
イベントごとが好きなレディ達は、この機を逃すはずもなく自分にチョコレートを贈りつけてくるんだろう。特に今年は、バレンタイン商品のイメージキャラクターをやっているから、それはもう憶測ではなく確定された未来だ。
ファンからの贈り物を受け取り拒否することなどできないし、
たとえ自分の嫌いなものであっても、好意の形であるそれを無下にはできない。
さらに悪条件は重なり、バレンタインデーである2月14日は自分の誕生日で―――
今度は音にならないように、何度目になるかわからないため息を吐く。
なによりも心配なのは贈られたチョコレートの行先などではなく、
愛しい彼女の顔が曇ってしまうことだ。
ハニーは、とても繊細ですぐに心を痛めるのに、
自分の前では、言葉を飲み込んで笑顔を絶やさない。
絶対に、独占欲をのぞかせるような煩わしいことなど、口に出さないだろう。
けれど。
来る者拒まず、去る者追わず。
そんな学生生活を送っていた自分に、まだお互いにお互いへの気持ちを持て余していた頃の彼女の視線を思い出すだけで、胸が引きちぎれそうになる。
目の前にいる時には見せない感情が、その視線からはうかがえた。
「どうして」
「さみしい」
「かなしい」
当時本当にそう言われていたら、きっとオレは彼女と向き合いはしなかっただろう。
パートナーとしての能力は認めつつも、女性としての彼女は今までに自分の周りにはいなかった、正直に言えば「面倒くさい」タイプだったから。
しかし、今は違う。
もっとオレのことを考えて。
もっと寂しがって。
もっと。
自分の欲が深くなるのと比例して、
彼女はそういった感情を隠すのがうまくなった。
それがたまらなく、つらい。
1人で心に秘めないで、感情をぶつけてほしい。
本当ならば少しでも悲しませたくないけれど、
不可避なこの事態にハニーの心が曇らないように、
チョコレートよりも甘く甘く、溶かしてあげるから。
―――――もっと、甘えて?
「sweet sweet honey」